彼のことを観ていて、一番強く感じたのは、派手なパフォーマンスはないけれど、着実に一つひとつ階段を上っていったことです。
満面の笑みをたたえているわけではないけれど、険しい顔や不機嫌な顔は見たことがないのです。
もちろん、こっちが仕掛けてはまると、大笑いしましたけれどね。

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長らく塾をやっている中で、感動の体験は数多くあるが、その中でもこれはかなり大きい方だ。
採点していて、最後は祈るような想い。(最後まで丸が続いてくれ・・・。)

結果は一箇所ペケがついたが、98点。 めちゃくちゃうれしかった。

100点満点のテストが98点で、なぜ感動なのか分からない方もおられるかと思うので、若干説明。

公立トップクラスの高3生でも、この時期(10月)、まだなかなか90点が取れずに苦労している生徒はたくさんいる。
それをこれから中3になろうとする中学生が・・・、ってことである。

「もう、なんぼなんでも、受験勉強しようや。」と僕が言ったのは11月初め。
その時点で彼は、数Bを半分マスターしたところであった。
(くどいようだが、そこまで進んだだけではない、マスターしていたのである、センター試験では90台が取れるぐらいには。)

大阪の府立高校入試の数学は難しい。
80点満点であるが、相当できる生徒にさせても、過去問で60点を超えるのが難しいので、僕は「60点の壁」と呼んでいる。
ところが彼は初回から難なくその壁を超えてきた。

何年度分の過去問をさせても、70点前後をキープ。 本番では73点であった。

そして天王寺高校に進学。
あえて理数科(現在は文理科)は狙わず、後期試験の普通科で入学。
しかし、その後高1の終わりの定期試験で普通科で5位、実力試験では4位。
ちなみに、その成績は理数科でも5位、4位の成績であった。

センター試験は、数学が98点+97点の195点(200点満点)、英語は180点+40点の220点(250点満点)で通過。

医療材料の研究に進みたいとの想いから、阪大医学部と京大工学部で、最後の最後まで悩んでいたが、お父さん譲りのエンジニアの血が騒いだのだろうか、結局京大工学部を受験し、見事合格。

まだまだ書きたいことはたくさんあるのだが、彼の物語はこのあたりで、ひとまず終えることにする。